ともしびをかかげて
ローズマリ・サトクリフの「ともしびをかかげて」について。
- 作者: ローズマリサトクリフ,チャールズ・キーピング,Rosemary Sutcliff,猪熊葉子
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2008/04/16
- メディア: 単行本
- 購入: 2人 クリック: 11回
- この商品を含むブログ (12件) を見る
サトクリフを知ったのは、宮崎駿さんの「本へのとびら」で紹介されていた「第九軍団のワシ」がきっかけでした。「第九軍団のワシ」がとても面白かったので、同じ著者の書いたローマン・ブリテン三部作といわれる「銀の枝」「ともしびをかかげて」、及び四作目となる「辺境のオオカミ」を読みました。
「ともしびをかかげて」はその深い暗さと、暗い中でこそ見える明るさ(それは決して輝くものではありません)と、作品全体を通した情景の美しさとで、特に印象の残る作品です。舞台はブリテン(イギリスの島)で、3世代前から「もういまにもこなごなにぐだけちってしまいそうな世界」だけれども「まだこわれずにいる」という、ブリテンにおけるローマ支配末期から始まります。
宮崎さんは「本へのとびら」の中で311後を「風が吹き始めた時代」と表現しており、そのような時代背景として、この「ともしびをかかげて」の世界も現代に通じるものがあるように感じます。この物語は、風が吹き荒れ、全てを薙ぎ倒していく世界のお話です。
ローマ軍に属するブリテン人の主人公アクイラは、世界の終わりの兆しには気づいていても、実際そのようなことが起こるとは思えない日常を送っていますが、ついには目の前で家族を失い、略奪され、奴隷となり、くだけちった世界を生きていくことになります。
物語のなかで、アクイラは大切な物を失います。つらい場面もありますが、どのような場面であっても細やかな自然の描写があり、その世界を美しいものにしています。物語の中では随所に「黄色いキンポウゲ」「キツネノテブクロのような桃色」「紫のムシトリスミレの花」というように、豊かな自然と色彩があります。
物語の中での救済は全く思わぬところから、幾重にも重なり合った形で提示されます。それはキラキラと輝くものではなく、主人公の細やかな心の動きの描写を通して感じられるおだやかな心の救済です。焼き払われ燃え尽きたスモモの木は、新しい世界の微かな明かりの中で静かに白い花を咲かせるのです。
どのような本にも読むのに適切な時期があると思います。この本も子供の頃に出会えれば良かったのに、と思う一方で、多かれ少なかれを失ってきた年齢になったからこそ心に響くところがあるように感じます。深みのある美しい物語であり、いづれまた読み返してみたいと思う一冊です。